第2949回 Heavy-taxed

September 30, 2012 § Leave a comment

租税負担率と社会保障負担率を足したものを
「国民負担率」と呼ぶ
要するに、給料に対してどれだけさっ引かれるかという割合である

日本は現在国民負担率が38.8%であり
つまり給料の4割は税金と社会保障費に持っていかれるのである
社会保障費の中には年金や健康保険も入っているので
一概にその38.8%が全て収奪されているというわけではないが
とりあえあず政府に38.8%分を徴収されるのは間違いないし
その数字というのは、農奴や奴隷とそんなに変わらないのではないかという気がする
我々は、国家のために日々奴隷労働に従事させられているのである

日本では社会的に不安定な人間ほど
社会保障費の支払いが不利かつ高額になっており
社会保障が本来の目的を全く果たしていない
貧乏人ほどますます生きにくいのが日本社会
ここまで国民負担率が大きい以上、社会保障の一元一律化は必須である

なお個人的意見では
毎月支払いを強要される
携帯電話代、NHK受信料、プロバイダー費用なども
税金みたいなものであり
国民負担率に含めるべきである

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第2948回 Learning to Labor

September 29, 2012 § Leave a comment

「ハマ―タウンの野郎ども」
原題は、”Learning to Labor: How Working Class Kids Get Working Class Jobs”
Paul Willis and Stanley Aronowitz

UKの中等学校を卒業しすぐに就職する労働階級の落ちこぼれの少年たち
彼らのいだく学校や職業観はいかなるものか?
彼らの形づくる反学校の文化や労働階級の文化が、既存の社会体制を再生産してしまう逆説的な仕組みに光をあてた先駆的な文化批評の試み。
欧米では広く読まれている名著
フットボール、パンクス、テクノ、ハウス、全てのUKユースカルチャーのヒントがここにある

第2947回 Democracy

September 27, 2012 § Leave a comment

日本では、長らく民主主義とは普通選挙制度のことだと教えられてきたし
ほとんどの人がそう信じてきたのだが
選挙制度というのは、民主主義のごく一部に過ぎなくて
ときとしては虚偽の民主主義をごまかすために使用されるということが、もはや明白になった

民主主義というのは
ひとことで言うと
「抗議する」ということであり
具体的には陳情したり、電話をかけたり、署名を集めたり
つまり何か「行動を起こす」ということなのである

多くの日本人がそのことに気づいた2011年は
日本にとっての民主主義元年と呼んでよい

第2946回 Occupy大飯

September 24, 2012 § Leave a comment

2012年6月30日~7月1日
大飯原発再稼働に反対する有志の、抗議活動36時間の全記録

自分や自分の家族、自分の住む町が破壊や攻撃されたときに
素早く逃げたり、自主的に戦う人たちというのは
この場にいるような人たちであり
現代社会においては、実は非常に少ない

ほとんどの人々は
日常生活や仕事に縛られていて
突発的な行動を取れない
そういうことを考えさせられる映像

第2945回 Fly Me To The Moon

September 23, 2012 § Leave a comment

“Fly me to the Moon”
1954 Bart Howard

数え切れないシンガーにカバーされたJAZZのクラシックナンバーであるが
90年代にエヴァンゲリオンのエンディングテーマとなって
今や世界的にも、エヴァの代表曲という意味合いの方が強い(と思う)
なおエヴァだけでも30種類以上の異なったバージョンが存在する

フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、サラ・ヴォーンなど錚々たるビッグネームが歌っているが
エヴァテレビ版の初期バージョンである
Claire Littleyのトラックが素晴らしい

Fly me to the moon
Let me play among the stars
Let me see what spring is like
On a, Jupiter and Mars
In other words, hold my hand
In other words, darling, kiss me

Fill my heart with song
And let me sing for ever more
You are all I long for
All I worship and adore
In other words, please be true
In other words, I love you

第2944回 いのちの宣言

September 20, 2012 § Leave a comment

いのちの宣言    

前文

いのちの夢見の種子が蒔かれ、
50億年というとほうもない歳月をかけて、
草や木や虫や魚たちの秘かな祈りによって育まれてきたいのちの星。
この奇跡の、いのちの星が今、危機に晒されています。

フクシマ原発事故、それは計らずも、文明の袋小路に陥って、
魂を奪い去られているわたしたち自身の姿をあらわにしてしまいました。
そして人とは、生きるとはどういうことかと激しく問いかけてきます。
もはやこの文明にわたしたちの未来を見ることはできようがありません。
それがフクシマからの教訓です。

いのちの宣言

自然によって育まれてきたわたしたち。
だがその自然を破壊することができたのは、自らを自然から切り離し、
自然を単なる物と見るようになってしまったからだ。
再び自然に還り、その魂に抱かれて、わたしたちのいのちの物語を歌おう。

助け合い、支えあっていきてきたわたしたち。
わかちあうことができなくなってきたのは、欲望とエゴによって分断され、
いのちがひとつながりであることを忘れてしまったからだ。
再び人としての道に還り、共に生きる知恵を育み、つながることの喜びを祝おう。

地球とダンスしながら、いのちの文明へと歩みを進める。
緑なす地球と共に、いのちの踊りを踊ろう。

いのちの深みに降りていく生き方。
大地とつながり美しさのなかに生きる暮らし方。
いのちの花を咲かせ、実を付け、
そのスピリットの夢の秘められた種子(たね)を未来へと受け渡してゆこう。

ここにいのちの宣言をする、
いのちの文明の、未来への種子を蒔くために。

2012年9月17日
いのちの祭り2012

第2943回 Monetization

September 18, 2012 § Leave a comment

フクシマ以降、人間の生存の基底部分である
健康や自然環境は、決してお金では交換不可能である
ということに多くの人が気づき始めている
いくらお金があっても、フクイチ原発は収拾しないし
汚染された土地の線量も、これから何十年も下がらない

お金で交換できる、つまり得ることができるのは、もう一段低いカテゴリーのモノであり
それは言わば、ある程度安全が保証された生活圏内での消費交換なのである

にも関わらず、いまだに経済効果とか経済に対する影響とか
金銭的価値でしか社会を捉えることのできない人が多い
原発とは、資本主義が生み出した一つの究極の事物であり
そのイデオロギーが物質化して形を持ったものと考えていいだろう

Where Am I?

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