第2462回 言語と人間

February 28, 2011 § Leave a comment

外国語の理解についていつも非常に感嘆してしまう事実がある
ある言語を聞いたときに
その言語を理解する人にとっては、全ての音が意味を持つのに対し
理解しない人にとっては、単なる雑音にしか聞こえないということだ

つまり、ある人にとっては最高の価値を持つものが
ある人にとっては何の価値も持たない

これは極々当たり前の事実だが
自然界にはそのようなシステムはあまり存在しないと思う

言語とは、人間や民族のコアとなるOSだ
存在のレベルでいうと
自然界や動植物界に存在するものではなく
人間界にのみ存在する非常に特殊な概念だ

恐らく、人間界より上位の世界では
言語は存在しないと思う
それは僕の直感

第2461回 言語の伝達性

February 27, 2011 § Leave a comment

言語の伝達性のおかげで、人間は体験や付加価値を共有できるようになった
それは感情を大きく刺激することができる
例えば梅干しという言葉で酸っぱさが伝わったり
エロい文章には興奮したりする
古代の叡智を未来に伝えることも可能だ

これもよくよく考えてみると
実体のない情報に
脳や感情が反応しているという風にも言える

ただしこれは双方の言語が同じ場合
脳のOSが共通の場合の話だ
理解できない外国語の場合は、そういう伝達性はない

動物は言語を持たない分
五感を最大限に活用しコミュニケーションを図っている
そこには嘘やごまかしは存在しない
コミュニケーションのレベルでは、動物の方が高度なように思える

第2460回 言語能力

February 26, 2011 § Leave a comment

言語学の研究によると
生まれてから生得する母国語と
勉強して習得する外国語は脳の中の構造が違うようだ

母国語は、PCでいうところのOSのようなものか
外国語も、その母国語を通して学習するので
確かにOSは全ての基本になるのだと思う

とはいえ、国際結婚した夫婦の子供で
両言語が等しく母国語、という子供もたまに存在する

異なった言語では
周波数が異なるということを言う人がいる
言語はそれぞれ独自の波長を持つ、という意味だ

確かに、言語が異なると
音の出し方そのものが大きく異なるように思える

つまり言語というのは
単なる音節の結合ではなくて
もっと精妙な音の波動のやりとりなのだ
それゆえに、習得するのは難しい

第2459回 言語の不思議

February 25, 2011 § Leave a comment

最近言語能力そのものについて不思議に感じるところが多く
興味が高まっている

元々言語というのは、音声のやりとりのみだったと考えられる
世界中の多くの言語は、文字を持っていないことで消滅した
伝える方法がないから
つまり文字と音声は根本的に全く別物なのだ
文字は、言語の肉体からの外部化とも考えられる

文字のルーツの2大元祖は、アルファベットと漢字
アルファベットの起源は、中東と言われている

アルファベットは表音文字のため汎用性が高く
多くの国で使用されている
一方漢字は表意文字で、国により読み方が変わる
非常に興味深い事実だと思う

第2458回 私鉄沿線

February 24, 2011 § Leave a comment

東名阪と福岡には民営鉄道が走っているのだが
沿線文化、というのは、昭和以降の日本社会においてはあなどれない存在かと思う

JRや地下鉄だとそういう「カラー」はあまり感じないのだが
私鉄の場合、「何とか線」まで含めて
沿線文化に非常に強い個性を感じる
(実際そういう個性の差は、沿線の家賃の差なんかに露骨に反映されるのだが…)

私鉄の場合終着駅がターミナルとして固定されているので
沿線住民の行動パターンが固定化されるのも大きいし
また子供の時からその電車に乗っている場合、変な愛着があったりもする

ちなみに僕の家の前を走っていたのは阪堺電車なのだが
残念ながらこれを利用することはほとんどなかった(接続が悪い)けど
今でも心象風景として強く心に残っている

第2457回 Come Down in Time

February 23, 2011 § Leave a comment


“Come Down In Time” 1970
from Album “Tumbleweed Connection”
Music: Elton John
Lyrics: Bernie Taupin

Elton JohnとBernie Taupinの黄金コンビのベストアルバムより

In the quiet, silent seconds, I
I turned off the light switch, and I
I came down to meet you in the
Half-light the moon left while a
Cluster of night jars sang some
songs out of tune
A mantel of bright light shone
Down from her room

Come down in time, I still hear her say
So clear in my ear, like it was today
Come down in time was the message she gave
Come down in time and I’ll meet you half way

Well, I don’t know if I should have
Heard her as yet, but a
A true love like ours is a
A hard love to get and I
I’ve walked most all the way and I
I ain’t heard her call and I
I’m getting to thinking if she’s
coming at all

Come down in time, I still hear her say
So clear in my ear, like it was today
Come down in time was the message she gave
Come down in time and I’ll meet you half way

There are women and women and
some hold you tight while
some leave you counting the
stars in the night

第2456回 金麦理論

February 22, 2011 § Leave a comment

世間(のオッサンを中心に)で大人気となった金麦のCM
そもそも金麦はビールのような味をしたビールではない飲み物なのだが
それは今は脇においておいて

このラブリー感溢れる檀れいは、正妻ではなく不倫相手の女性だ、という説を聞いた
確かにそっちの方が説得力があるような気もするし
不倫女子と考えると、全ての状況設定が180度変わってくる
確かにこの映像では、そんな前提条件は何も言及されていない

映像や写真のような、文字を介さない情報は
前提となる条件が変わるだけで、それの持つ意味が180度変わることが多い
また我々は自分の中のデフォルト前提条件を、勝手に世の中の現象にあてはめがちだ

それを戒める意味で、この原理を「金麦理論」と名付けたいと思う

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